6月/JUNE/上野公園のコントロールよすぎるかえる君
2010 もっとやさしく メモランダム 遠くて近いもの 2010/06/22 常識をくつがえし非常識をものともせず、怒りの代わりに笑顔を、攻撃の代わりに援助を持ってすれば世界も自分も一瞬で変わると思うのだけれど、それは夢のまた夢。でも夢の中に現実もほんの少々含まれていて、現実の中にも夢は少々含まれていて、だから夢のまた夢は小さな現実に積み上げられた現実。深夜の公園で真っ黒な野良猫が不信感いっぱいでこっちを見つめていたけど、ただただ手を差し伸べて気持ちを投げかけたら黒猫は頭をなでさせてくれた。小さな夢、深夜の夢、小さな現実は夢への道しるべ。そう思ったら遥か彼方の見知らぬ星も近くに見えました。 しずかなる配慮 2010/06/15 人間は他者からの配慮と他者への配慮によって生かされているのだけれど両親の配慮が過剰であったり無さ過ぎたりすると子供は時として他者との関係を作れなくなります。配慮とは教えられるものです。学びはその上に成り立ちます。他者への配慮が欠落すると無意味な争いで自他ともに傷ついたり孤立する事にもつながって悲しい事件に至る事すらあります。どんな育ち環境であろうとある年齢になれば自ら人としてのあり方は学べると思うのだけれど現実はそうではないようです。人とので会い、自然を含めいろいろな書籍や芸術に触れる事が出来るしいつでもどこにでも自己再生の触媒はあるのだけれど「第一歩の学び」がなされていなければ人はなかなか変わらないものだと言う事を最近つくづく思います。でも気持ちのいい人間関係には必ず静かなる配慮が行き交っているのは確かです。 何も書けない何も言えない 2010/05/22 思う事は山ほどあるのだけれど何も書けない。訴えたい事は死ぬほどあるのだけれど表現出来ない。忙し過ぎるからでも暇過ぎるからでもないけれど、自分が空回りしているのだと思います。もしもこのメモランダムを読んで下さる人がいるならすごく申し訳ないと思うけど、本当に今は何も書けないのが本当です。でも一つだけ言えます。このメモランダムを読んで下さってる人の事は常に心にあります。限りない感謝を込めて。 長所と短所 2010/05/15 十人十色、千差万別。人間には生まれついての長所、欠点が誰にでもあるけど環境や体験によって培われる長所もありますし不本意な短所を身につけてしまう事もあります。長所を伸ばせば結果的に短所が希釈される事もありますし、逆に短所を是正しなければせっかくの長所が暗雲に覆われてしまう事だってあります。長所を維持してのばす事も短所を消し去る事も難しい事ではありますが、どちらかと言うと人間形成には長所を伸ばすより短所を是正する方がいいのではないかと思うときがあります。人それぞれの個性と個性が尊重し合うためにはそれぞれの個性故の欠陥をどれだけ埋めれるかが鍵ではないでしょうか。 貧困ビジネス 2010/04/11 嫌な言葉です。窮地に陥った人の弱みにつけ込んでお金を儲けるなんて考えがあまりに非人間的で同じ人間として恥ずかしくなります。でも考えてみれば経済至上主義の社会にあっては多かれ少なかれそう言う要素はあります。人々の無知や不安につけ込んだ商法。あるいはそれぞれのエゴイズムを逆手に取った商法。阪神大震災の時に非常用のブルーシートが不足しているのにつけ込んで高値で売りつけている人間がいましたがひどい話です。少しでも役に立とうとボランティアの人が頑張っているのに人間として差がありすぎます。生活保護のお金をピンハネする人間、孤独な老人をだます人間、わらをもつかみたいほど追いつめられた人に高利でお金を貸し付けて追いつめる人間。彼らを人間と呼んでいいのかさえ疑問を感じるけどそんな人間は後を絶たないのは社会の根幹に「人はどうあるべきか」「人はどうあらねばならないか」と言った人間として最重要な要素が、もともとたっぷりと含まれていた要素が消え失せてしまったのだと考えるしかありません。 さくらと日本人 2010/04/09 さくらが満開です。街をあるけば「この木も桜だったんだ」と思いがけない場所にも咲いています。ほのやかなピンク色の花が人の心をなごますのでしょうかさくら咲くところ人が集まります。澄みきった青空にきれいなコントラストをなして咲き並ぶ木々。満開の花の下で意気揚々、和気あいあいはいいものです。でもところによっては味気ないブルーシートが敷きつめられ、ゴミ箱本体が見えなくなるほどゴミが山積みで風情も何もあったものではありません。厳しい規制や指導がなければ公共の場を守れない人間が自然と融和することなんて出来ないと思うけどそれぞれの桜の木が楚々と咲いているように人もまた一人一人がマナーを持って生きなければせっかくの花見も風情破壊になってしまいます。 職業と視点 2010/04/07 たくさん会社を辞めました。たくさん仕事を変えました。まともに履歴書に綴れば一瞥しただけで入社は拒否されるのが分かっていたので多くは割愛して記しましたがそれでも面接官に君は根気がないねとか真剣に働く気があるのかね、とかわがままな性格ではないのかね、とか言われる始末。「真実は違うのです、辞めて来た会社はあまりに経営が理不尽で、気が弱くて虐げられた同僚や上司のために経営者に意見したら解雇されたのです」と言うと面接官は僕が左翼とでも思ったのでしょうか、丁重に入社を断られた事もありました。喫茶店のボーイに始まって建設現場、漁師の手伝い、写真の現像所、本のセールス、廃材運び、不動産屋、インテリア会社、いろいろな職種を転々としたけれどそれがその後生きるために大いに役立ちました。それは自分のいるポジションによって社会が違って見えると言う事です。ある職業によっては全く気付かない風景がある職業では見える。社会や人間に対して多角的な視点を持てると言う事です。そしてもう一つ、これはますます実感する事ですが、どんな職業においても人間性と言う大切な視点で捉えれば偏りはないと言う事です。どうしようもない人間はどんな世界にも同じだけいます。人間的な人間もまた少数だけれどどんな世界にも同じだけいます。そこには職業や学歴の隔壁はないように思います。若い後輩にはいつも言います。どんな仕事をしてもそれは決して無駄ではないしむしろ本望だと思う仕事に埋没するよりは敢えて転々と仕事を変えるぐらいの気概がなければ人生面白くないよ。若さとはそう言うもの、そしてその若さゆえの体験がその後の人間性に大きく関与すると思うからです。 地方の孤立と個人の孤立 2010/04/05 地方の衰退は目に余るものがありますが地元には仕事もなく都会に活路を見出そうとして孤立してしまう人も増え続けています。40年前、18才の頃、仕事の都合で東京で暮らしていた時の事です。一時住むところが無くなってたまたま東京で就職していた友人のアパートに泊めてもらったり、やむなく公園で一夜を明かした事もありますが2度ほど新宿のオールナイト喫茶で夜を明かした事があります。広いスペースの店内には僕と同じような若者がいっぱいいて中には年配の人も疲れ果てた顔をして宙を見つめていました。コーヒーの他にホットドックか何か食べ物を取るのがその店で夜を明かせる条件でしたが、疲れ果ててテーブルの上には手をつけていないホットドックがそのまま残っている席も多くありました。若くて怖さ知らずの時代だったけどその時の店内の憂鬱な雰囲気をよく覚えています。50人は裕に入れる店だったけど店は一杯でその一人一人が発する孤独感が店内に満ちて逆に自分の孤独感が消えてしまう気がしました。もちろんその時の僕の孤独なんて大したものではなかったのですが。あれから時は流れて新宿も原宿もすっかり変わってしまったけど、どんどん無機質な街になっているのは間違いありません。哀愁みたいなものが全くないのです。この感は地方も同じであの時の喫茶店の若者は挫折しても故郷に帰る事が出来たけれどこれだけ衰退してしまった地方へはもう帰れないのが今の若者の当時とは違う孤独感ではないでしょうか。哀愁とか郷愁とか風景を含め情的なものが消えうせれば孤立や絶望から人が立ち直る事はますます難しくなります。 富士山と日本人 2010/04/03 なだらかな曲線がすそ野に延々と広がって優美な山です。銭湯のペンキ絵ではないけれど絵や写真でいちばん多く目にしているのはこの山だけれど僕はまだ登った事がありません。あえて登りたいとも思わないのは、あまりにも象徴的で見慣れていて脳裏にまるで紋章のように刻まれているからかも知れません。今日は新幹線ではなく普通電車。車窓から長く長く富士の山を観察する事が出来ました。雄大でまさに永遠不滅のような感はあるけれど実際は不安定な火山で噴火すればその形が変わってしまう事も分かっています。でもいくら形が変わっても日本人なら富士を思えば浮かぶ形は永遠に同じでしょう。形あるものはいつか形を変えるでしょうが心に刻まれたものは変わらない。20年、30年ぶりに会った友人にお互いの風貌の変化に戸惑いながらも一言かわせば「やっぱり昔のままだ」と安堵する気持ち。人間に対する心象もまた不変でありたいと思います。でも富士山ではないから人間の場合はお互いの努力がいるのは言うまでもありません。 エイプリルフール 2010/04/01 雨のエイプリルフール。そう言えば今日生まれた不運な友人がいました。小学校の時、朝に昼に悪友達は不運な友人にこぞって言います。「今日の誕生日には貯金を全部使って大きなヨットの模型を買っていくからね」本屋の悪友は「こんどこそ新刊の漫画を全部プレゼントするよ」「君が欲しがっていたパーカーの万年筆をあげるよ」想像を膨らませた素敵なプレゼントの約束が次々とかわされて不運な友人は有頂天です。そして夕方それぞれにプレゼントを抱えて家を訪ねるとお母さんが作ってくれた美味しそうな匂いが玄関まで漂っています。不運な友人の部屋には3段重ねの誕生日ケーキが!うかつな友はまだ気がついていません。毎年こうです。「ヨットの模型だよ」大きな箱から出て来たのはぼろ切れでぐるぐる巻きにされた小さなプラスチックの船。ヨットですらありません。本は新刊どころかすり切れた古本。万年筆は書けなくなって家に転がっていたものでしょう。不運な友人は「あっ!またやられた」と悔しがります。僕たちは大爆笑。ケーキもごちそうも最高に美味しくてみんな幸せそうです。でも本当は騙されていたのは僕たちの方で不運な友人はとぼけた振りをしていたのかも知れません。どんなプレゼントより友人が集まってわいわいやる方が大切だし楽しいですから。 球春 2010/03/22 春高バレーに選抜高校野球。サッカーもそうだけど団体球技は高校生の試合がいちばん面白く感じます。ひたむきさと結束力が個人の能力を超えて「あっ」と思わせるようなプレーが起こるからです。彼らを見ていると心からスポーツはいいなと思います。毎年、甲子園で躍動する高校生の姿を目にするたびに思い出す事があります。第50回大会でサイドスローの丸山投手が三振の山を築いて優勝した事。速球派ではないピッチャーが三振を奪うのは痛快そのものでその球筋が今でも脳裏に残っています。彼は小中時代の友人で僕たちが草野球をやってた小学時代から1人黙々と安治川の堤防上をランニングしていた努力家でした。中学の野球部ではフォームに悩んで2番手投手だったけど高校でのあの快刀乱麻。僕と同級生で当時から野球好きの人ならたいてい今でも覚えているほどの快投です。スポーツにまつわる思い出はいつになっても鮮明なものです。 頭と心と感情と行為 2010/03/19 政治の問題、環境の問題、身近な問題。頭がよくて理解力もあって分析力もあるけれどそれが行為に結びつかないのは何故だろう?僕自身は出来る限り思いを行動に結びつけようと努力はしているけれど実行出来ない事も多々あります。実行出来ないのは本当に思っていないから?と自問自答しますが、行動すれば思わぬトラブルに巻き込まれる事も多く、経験からの躊躇と言うのもあります。昔チャップリンの映画を観てやさしさに涙した観客が映画館から出たとたん路上生活者に暴言を吐く現場を目撃してショックを受けた事があります。これは極端だけど信じられないような人間は少なからずいます。思うだけで何もしない人間、短絡的な感情で人を傷つける人間。どちらも今の社会の風潮、心の孤立にその一因があるのは間違いないけど社会は人間が集まって作っているもの。不気味な川の流れを一人一人が意識して方向を変えて行かないとやばいことになるとは多くの人が「思っている」はずです。 孤立と絶望 2010/03/16 年齢、時代を問わず生きていれば様々な問題が降り掛かります。病気、事件、事故、挫折、いろいろ起こります。病床でふだん考えなかった事を考えたり、自身の事故や怪我の体験で他者の痛みが分かる事もあります。何か問題にぶつかったときそれが自努力や忍耐で対処できるならばいいですがどうしても解決策を見いだせないとき人は孤独になります。誰かに相談したいと思って、親兄弟、親戚、知人友人を頼って救われる時もあれば問題の真意を分かってもらえず孤独感が深まる場合もあります。それでも話せる人がいるだけでも救いになります。脳裏に話せる人すら浮かばないような状況におかれたなら多くの人は絶望するでしょう。問題の解決策は見いだせなくとも親身になって話を聞いてくれるだけで、ただそれだけで救われる事もあります。「人は1人では生きいけない」。当たり前の事だけどそれは人間としての根源的な真実であって、だからこそ人は出来る限り他者を理解し愛する努力をしつづけないといけないのだと思うのです。 雲の上と下 2010/03/13 近景がないからスピード感はないけれど雲海の上を高速で飛んであっという間に東京上空。時間の都合でやむなく飛行機に乗ったけど高所恐怖症の僕には過酷な乗り物です。それでも雲の上に出ると下界は見えないし青空と真っ白な雲にしばし怖さは薄らぎます。小学4年の時、悪友達とキャンプに出かけて砂防ダムの上を歩いている時にいたずらで後ろから押された時の恐怖。もともと高いところは苦手だったけどあれ以来「落ちる」事への恐怖感は治りません。重力をコントロール出来る方法が早く発明されないかなと期待するのも落ちる事への恐怖故の事。ピーターパンやスーパーマンに憧れるのも当然の事です。曇天の日でも雨の日でも雲の上はいつも青空、超高層ビルも巨大なタンカーも高空からは小さなおもちゃのよう。そんな小さな世界を支配する人間が山を削り海を埋め立て環境を破壊し続けている現実。雲の下、高度を下げた飛行機の小窓から見える風景には疑問符が幾つも浮かびます。 大人と子供 2010/03/11 人の言葉をよく聞いて相手の立場や状況を推測して話すのが大人だと思うけれどそれは年齢には関係ないなとつくづく感じます。高校や中学生、小学生の中にだってそう言うことが出来る人間もいるし、年齢を重ね社会的地位もあるのに人の言葉に耳をかさずに自分の事ばかり喋る人もいます。子供です。せめて天真爛漫で純粋さも残っていればいいのですが、それは無理で自己保身と妙な理屈で固まっているから問題です。こんな人が部下や学生をよい方向に指導出来るとは到底思えないような人が社会の上層部にけっこういるのが不思議です。人間性を高めるための原点となるやさしさがなければ体験や経験は何ももたらさないのではないだろうか。大人なら当然であるべき事。子供を守りいたわる心。後輩を指導する心。年齢は一律に経て行くけれど精神年齢は平行しないからやっかいです。子供を虐待する親、子供の心に鈍感な親や教師。幼い子供を放置してパチンコする親が一体大人でしょうか。子供が子供をつくるのは恐るべき事です。 親友というもの 2010/03/09 20代の頃。やっと就職した会社で理不尽に耐えきれず喧嘩して退社。落ち込んで「ちょっと話があるんだけど」と電話すると「僕も話があるんだ」と返答。居酒屋で彼の方から「実はやっと就職した会社なんだけど今日やめちゃったよ」まさかこんな偶然があるものかと思いながら「ほんとか、実は僕も今日やめて来たんだ」とお互いの落ち込みは笑いに変わってしまいました。そんな嘘のような偶然がその後何度もあって自分に何かあるとあいつも同じ事が起こっているのではないかと思うようになったけどさすがに近年はまちまち。2人でよく「自由とはなんだ?」「結婚とはなんだ?」「子供とはなんだ?」「愛するとはなんだ?」などと議論してお互い離婚してしまったけれどそれぞれの子供はもうすっかり大人で僕たちはずっと子供のまま。僕の娘が「おとうさん、ちょっとは大人にならんとあかんよ」と言えば彼の息子は「親父、ちょっとは現実的になれよ」と説教されるしまつ。それでも僕たちは何も変わらない。不変の信念などと言えばかっこいいけど20才から成長していないだけ。でも同じ土俵でずっと生きている友がいるから自分を変えずに生きて来れたのかも知れません。そんな、そんな、大切な友が死んでしまいました。癌です。ひと月前にちょっと体調がましになったら美味しいもの食べに行こうと約束していたのに。小さな時から彼をよく知る娘に悲しい知らせを告げると「おとうさん、悲しみはよく分かるけど、きっとお父さんが悲しむ事なんか望んでないよ」娘に言われてやっぱり僕は子供なんだと涙します。 運命の横顔 2010/03/05 「運命と言うものは好んでこうしたいということにあるのではなく、むしろ、したくないことをしなければならないという自覚において、その厳しい横顔をはっきりとあらわすものなのである」とスペインの哲学者オルテガは言っているけど人生を重ねるにつれて同感の意を強くします。そしてまさしくその意味において運命を受け入れる事は自意識に忠実であると言う事だと思います。自分はこうあらねばならない、こうありたいと望む姿勢が真摯なものなら「したくないことをしなければならない」事への葛藤は避けられないでしょうし逃げる事は自己否定に等しい事かも知れません。自分自身まだまだ自覚が足りないけれどその「厳しい横顔」をしっかりと見つめる訓練を続けなければいけない。再自覚です。 やさしさは外から 2010/03/03 防戦一方苦戦一方であっと言う間に月は変わったけどチリの大地震や日々報道される悲惨な事件の被害者と家族友人の無念を思うと僕の悩みなど口にも出せません。どこを見ても理不尽にぶつかるような歪んだ社会の中で安穏と暮らしている人はごく少数だろうしもしいたとしたらよほど無神経な人に違いないとは思うけれど自分の日常以外に無関心なのは怖い事です。社会的関心や感情はそのままその人の性格や行動に反映されると思うからです。自然、動物、他人を思いやるのは当たり前の事だけどそれが教えられていない人間がいるから陰惨な事件が起こります。本当に家族を思う心があるなら他者をも思うはずですし、本当に自分の事を大事に考えるなら他者を大事にするはずです。 マイカーと短絡 2010/02/20 自宅の前から車に乗せられて遊園地などの行楽地へ出かける子供達は可哀想だなと思う時があります。目的地までのプロセスに欠けるからです。歩いて電車に乗ってバスに乗って時にタクシーに乗って知らない町、知らない人との出会いがためになるし面白いものです。歩いていてしか目に入らないもの、電車の駅、車内での出来事。バスに乗ればその土地の人の郷土の匂いがいいものです。自宅から目的地のとんぼ返り。ガソリンスタンドかドライブインに寄るだけではあまりにも短絡的でもの足りません。車社会がもたらした利便性は言うまでもないけれどそれがどこか短絡的な社会風潮の一因であるのも事実です。目的ではないけれど思わぬ発見や出会いは「道中」に多く潜んでいて遊びとはそこにこそあるのではないかと思うのです。マイカーで大人が楽をして小さな心になるのは自業自得だけれど好奇心おう盛な子供を道連れにするのは考えなくてはいけません。 船と橋 2010/02/15 川の向こう岸へ行くために渡し船しかなかった時代。手の届くような距離なのにどこか対岸の町は遠くに感じられました。こちら側と向こう側。船は次元を飛び越える格別な乗り物と言う感がありました。でも小さな橋、大掛かりな橋が次々と造られ渡し船も連絡船も姿を消し、車を運ぶフェリーでさえ存続の危機が迫っています。船便が少ない離島や陸の孤島のような場所なら橋は必要ですが瀬戸内の風景を見ていると橋が多過ぎるような気もします。全てが車優先の社会にあっては可能な場所に橋を架けるのは分かるけど船会社を救う手だてを考えに入れなければそのうち船旅は出来なくなります。淡路島と明石を結ぶたこフェリーも乗客はまばら。船体に描かれたタコの絵がどこか寂しそうです。箱庭のような瀬戸内海には大型の貨物船やタンカーより客船や小さな漁船が良く似合います。 学校と立地 2010/02/11 学校の帰りに空き地で基地を作ったり空き家をこわごわ探検した小学校時代。クラブの練習帰りに川土手に座って友人とあれこれ話した中学時代。授業をさぼって映画を観たり帰りに繁華街を探索した高校時代。振り返ると学校で学んだことよりも行き帰りに見聞したことの方が印象も強くて勉強にもなっているなと思うことがあります。学生が学ぶべきもの、特に高校や大学生にとっては学校の授業以外から学ぶことの意義は大きなものです。大学のキャンパスが次々と市街地から歴史や文化の香りのしない郊外へ移設されてきた現実には悲しむべきものがあります。校舎がたつ立地、周辺環境が学生の精神に与える影響の大切さをまるで分かっていないかのような教育現状。キャンパスがいくら広くて整備されていてもそれはごく小さな環境です。周辺に暮らす人達との出会い、その土地の歴史や街並が語りかけてくるものから生まれる好奇心の発露があってこその学びです。公園があり美術館があり映画館や面白そうなお店が近くにあるような場所でなければキャンパスそのものが萎縮してしまうのではないかと思ってしまいます。 自然と老人 2010/02/09 飲み屋のカウンターで横に座った老人がつぶやいていました。「人間は自分に拘泥しすぎるとどんどん馬鹿になってしまうよ」ちょっと頑迷そうな顔をしたおじいさんは続けて「馬鹿になると周りが見えなくなる。人は遠のいてしまう。それでますます自分に拘泥してしまう」「自然は偉い。自然は自分を知っとる」おじいさんは自身に語りかけているのでしょうか。自己への反省か哲学か分からないけどおじいさんのつぶやきは真実です。「あの、自然は自分を知っとると言うのはどう言うことでしょうか?」思わず問いかけるとおじいさんはこっちを見ようともせず「光がないと死んでしまう。水がないと枯れてしまう」「当たり前のことを自然はちゃんとわかっとる」「兄ちゃんはわかっとるか」逆に問いかけられて「はい」と言ったものの考え込んでしまいました。その後の話でおじいさんは88才。奥さんに先立たれ1人で暮らしておられるそうです。一杯のビールと一本のどて焼きはおじいさんにとっての光と水のような気がしました。 時代と気概 2010/02/06 京都工芸繊維大学の美術工芸資料館。建築家本野精吾(明治15年〜昭和19年)の展覧会を見ようと始めて訪れた場所だけどなかなかいい場所です。地下鉄松ヶ崎駅から少し歩くと学校はあります。雪まじりの雨が降る寒い天候もあってか資料館の中は他に人もいず深閑としています。小さめの展示室は5つに分かれていて第一展示室には大学の卒業制作である建築プランが展示されています。立面、平面、断面、詳細図。インクで丁寧に書込まれた図面は繊細で感覚ゆたかな表現です。一本の線、一つの文字に感性が読み取れます。やっぱり手描きの図面はいいなと思いました。展示されたポートレートの中に当時の学校の授業風景がありましたが教師からも生徒からもその時代の気概が伝わって来ます。自らヴァイオリンを演奏し、グラフィック、舞台、船体デザインから洋画、南画など多岐にわたった創作活動を見ていると人間の好奇心こそ創造の原点だと言うことがあらためて分かります。あらゆるジャンルが特化され限定された世界の中でしかモノを考えられない人間が増えつつある昨今。それは結局創造のみならず自然や人間に対する関心を弱めるし偏狭で冷たい人間を作ってしまうのではないかと日頃感じている危惧がいっそう大きくなりました。 光りあるところ 2010/02/03 阪急雲雀丘のとある料亭。夜景がきれいです。知人の招待で訪れたお店は高台にあって阪神間に広がる無数の灯が展望出来る場所です。懐石料理も久しぶりだけど夜景を見ながらの食事も久しぶりの事。ゆっくりと出される料理と窓からの夜景を交互に見ながら箸が進みます。それにしてもなんと言う灯の数でしょう。ビル、家屋、高速道路、さまざまな施設。眼下に広がる光の海にしばし圧倒されてしまいます。無数の光と無数の人間。光あるところに人は集まり人の数に応じた光が山と海の間を被い尽くしています。以前闇深い山里で農家のぽつんとした光を見つけてほっとした事もあったけど灯は人の心をほっとさせます。灯あるところ暖もあれば人の心もあって水や食べ物もあります。今夜の素敵な夜景と豪華な食事にちょっと贅沢過ぎるなとは思うけど知人の心遣いに感謝、感激。風邪気味の体調もあってお酒は控えたけれど光と人の心に酔った夜でした。 自由と形式 2010/01/29 朝から気持ちのいい空が広がっています。風は冷たいけど心地よい日射し。さる高校の美術展に出かけました。油絵、日本画、彫刻、漆芸、陶芸、織物、パッケージやグラフィックデザインの作品もあります。一年生から三年生まで出発と発展途上の心意気が感じられてどの作品も心を惹きます。表現形式は違っても一つのものを創り上げる過程、迷いや勢い、納得と納得のいかない部分がそれぞれの作者にあるのだろうなと瞬時思いました。どんな自由の中にも形式が含まれていて、どんな形式の中にもまた自由な発想と表現があるからこそ創作は続けられるのでしょう。それぞれの個性とそれぞれの才能。これからの長い道のりは紆余曲折、目指すものも生き方もそれぞれ変わって行くでしょうが、この美術展から発散している純粋性だけはいつまでも持ち続けて欲しいものです。 老人と笑顔 2010/01/27 プライベートな事もあってここ数ヶ月老人福祉施設へよく行きます。施設で出会うお年寄りとのあいさつやちょっとした会話の中で相手の顔に笑みが浮かんだ時には本当にうれしいものです。それぞれの家庭の事情でやむなく施設に入っている方が大多数ですから気持ちが沈みがちなのは当然だと思います。そんなお年寄りに対していくら手厚く介護してもしすぎると言う事はないと思うけれど僕が見聞した範囲だけでも現実は厳しいものです。施設に従事する介護士や関係者の方々には頭の下がる思いですが現場を見れば介護する側の人手を増やし待遇を良くしないと行けないとは誰でも思うはずです。過酷で重労働な介護の仕事。最高の待遇が必要なのに医療現場と同じく労働や責任の重圧に見合う待遇がなされていません。人の命や人の心を預かる現場だけは国が介入して絶対的な援助をすべきでしょう。社会には民営化や市場主義に当てはめてはいけない分野があります。車いすに座って虚空を見つめるおじいさん。黙々と食事をとるおばあさん。20年に及ぶ祖父母の介護で人生を無くしてしまったと悲しく笑う叔母さんや母の生き様を身近で見て来た僕にとって介護の問題は軽々に言える事ではありませんが、せめてモノが溢れる今の時代、施政の方向と方法でもっと老人に笑顔が増えるような環境づくりは急務だと思うのです。施設の問題、そして増え続ける高齢者の一人暮らしの問題。「孤独」は高齢者に限らずあらゆる年齢層に広がっています。それは歪んだ社会構造が生み出した人災です。老人の笑顔が消えた時、それは青年や子供までもが笑顔を失う時です。 たとえばそばにいるだけで 2010/01/25 街角で耳にする歌ではないけれどただそばにいるだけで安らげる人がいます。初対面であっても古い友人であっても話していてほっとする人はいるものです。同調、共感、共鳴、調和、よく分からないけど心が元気になる人。ある種の波長のようなものかも知れません。それよりもきっとその人が自分自身の事で心をいっぱいにせずに人が分け入るスペースを空けてくれているからでしょう。この世にはいろんな人がいます。相手の言葉に耳を貸さない人、イライラをぶつける人、説教くさい人、揚げ足取りに馬耳東風。たとえばそばにいるだけで疲れきってしまう人もいます。何が彼らをそこまで偏狭にしてしまったのか、などと考えても虚しい事ではありますが別れて帰る道々それぞれの生い立ちや環境に思いを巡らす事もあります。もっとおおらかに、せめてユーモアと笑いぐらいは会話に挿めないものだろうか。高度な学歴や社会的地位があっても経済力があっても心の寛さとは別問題である事を最近特に思い知らされます。心のみならず知識や智慧もまた同じくです。「たとえばそばにいるだけで心が強くなれる人」「たとえばそばにいるだけで笑顔が取り戻せる人」「たとえばそばにいるだけで心がやさしくなれる人」そして『たとえばそばにいなくとも心が温かくなれる人』。そんな人を目指したいものです。 集中と偏狭 2010/01/23 「一つの事に従事している時はその他全ての事をさぼっている時だ」座右の銘にしている言葉の一つです。と言って何かに集中している時は他の事を考えられるはずもありません。ただ通常は出来る限りその意識を持とうと努力はしています。分業化や専門化によって経済や科学は飛躍的に進んだけれど、人それぞれの知識や体験がどんどん偏狭になってしまった事実も否めません。入試に特化した学習、仕事内容に特化した経験、知識。専門外の事にはつい無関心になりがちです。学校の学部が違ったり、職種が違うだけでコミュニケーションが取れない人が増えていて異なった環境や知識の交流がますます減っていく事態は深刻です。視点が変わると価値観も変わるし多様な価値観の認識は人と人の理解や思いやりに欠かせないものだと思うからです。世界も人間もあらゆる要素に満ちていていくら意識していても偏狭になりがちです。スポーツ、芸術、科学、それぞれにまた多様なジャンルがあります。そんなジャンルのたった一つの世界に邁進していては自我の埋没にもなりかねません。せめて、文武両道。僕の子供の頃に少し残っていた風潮は今の子育てや教育にも生かされているのだろうか?本を読んで音楽を聴いてそして野原を駆け巡る。危なくて駆け巡るどころではない環境になってしまった事も嘆かわしい現実です。 自己と他者 2010/01/21 自分を愛せない人間に人は愛せない、とは時々に耳にする言葉ですが他者を愛せない人間もまた自分を愛せないのではないだろうかとも思います。大好きなロックグループのイーグルスのデスペラード(ならず者)と言う曲を聞くたびになんか自分もまたならず者のような気がする時があります。ならず者から脱しようとじたばたしている自分を感じる時があります。<歌詞>デスペラード目を醒したらどうだ。お前は随分と長い間人を寄せつけなかった。困った奴だけど理由があったんだろう。今はそれでもいいかも知れない。だけどきっと辛くなる・・・・・・冬には足が冷たくならないか?空からは雪も降らず陽も照らない。・・・・・気持ちが去って行くのは笑い事じゃないよ。・・・・・デスペラード目を醒したらどうだ。こっちに戻ってくるんだ。心を開いて。今は雨が降るかも知れない。けれど頭上には虹がかかるさ。おまえには誰かに愛されることが必要さ。誰かに愛してもらうんだ。手遅れになる前に。<訳、加納一実> 一長一短 2010/01/19 どんな人間でも善いところばかりの人はいないし逆に悪いところばかりの人もいないとは思うけれど凶悪な犯罪やあまりのエゴイズムを見せつけられるとその考えも曇りがち。愛する家族を凶悪犯に奪われた犯罪被害者のやり場の無い苦悩と怒りを思えばなおさらです。加害者に対して極刑をのぞむ以外にどうしようもない気持ち。それでも犯罪被害者の中にも死刑を廃止すべきだと言う人もいます。やりきれないのはそんな人に対して攻撃する人がいる事です。当事者でもない人間ならば極刑をのぞむ被害者の心と絶対に許せないのは同じだけれど死刑はのぞまないとする被害者の心のどちらにも同情すべきでしょう。もし僕自身の家族や友人にそのような事が起こればたぶん許せないと思いますが分からないと言うのが正直です。そしてそのような極限の問題でなくても人は人に対して行き過ぎた批判をしたり攻撃をしがちです。一長一短が混在する人間において自分の長所をのばす努力より短所を直す努力が必要だと改めて思います。そして子供に対しては「子供は長所だけのばしてやればいい」と言う考えと同時に「子供は短所だけ直してやればいい」考えもまた大切だと思うのです。社会や人間関係を殺伐とさせるエゴイストな人間を見るたびに彼らにも長所はあるのだろうけどあまりにも短所が多過ぎるし大き過ぎると思うからです。 地方の存在感 2010/01/17 久しぶりに京都府の綾部市に来ました。福知山を通ってことこととのんびりとした移動です。車窓から見るうっすらと雪化粧した山々がきれいです。先日岡山の津山方面に向かった時も思ったのですが道路が整備された分ローカルな鉄道は昔より不便になったような気さえします。閉塞感漂う福知山の市街地は空き店舗が目立ちます。シャッターが降ろされた商店街にぽつんぽつんと店が営業する様子は地方都市の多くに見かけられる光景です。ピカピカの駅舎と整備された駅前と反比例をなす衰弱した地元の商店街。車社会と大規模店舗がもたらす利便性より大きなものが失われていると旅行するたびに思います。その土地土地の個性があってこその地方。地方の文化や活力が失われれば日本文化のすそ野の崩壊につながります。そんな思いで綾部の町をぶらぶら歩くと、この町は比較的元気な感じがします。古い家並みもそこここに残り、空き店舗が目立つ事もありません。町の経済体質の差もあるのでしょうがとにかくほっとする感じが残る町です。 ハイチでの大地震 2010/01/14 テレビのニュースを見ただけでもぞっとするような惨状です。日本のように国情が安定しないハイチでは救助の遅れや手当の遅れでどれだけの人が命を落とすか想像するだけで胸が痛みます。世界中で壊滅的な自然災害が多発する時代、もっと実動的で大規模な国際的な救助組織が何で生まれないのかと切に思います。世界は危機的な環境問題を抱え異常気象はもとより地震もまた多発するでしょう。地球が一つの生命体である以上当然の事です。大国のエゴに翻弄される民族紛争や不平等から来るテロリズムなどで人為的な殺人などをやっている場合ではありません。今そこまで迫っている天変地異の脅威は現代の人間のエゴが自ら招いたものです。ですからせめてハイチに日本の救助隊が空母と艦船に5000人のスペシャリストを乗せてすでに出航したとか、航空機20機がすでに現地に到着して隊員は仮設の病院をすでに設置し始めています。とかの話に何故ならないのでしょうか。日本の自衛隊員だってそれが国際救助隊のような任務ならもっと生き甲斐を感じるでしょう。国民の尊敬だって集まります。「ハイチで大地震発生」国際救助隊はすでに現地に20000人以上入り、千人以上の人を瓦礫の下から救い出しました。なお各国の救助隊はそれぞれ最新鋭の医療機器を携えハイチに向かっています。そんな報道がなされる現実が単なる絵空事ではないだけの必要性と具体性が少なくとも先進国と呼ばれる国にはあると思うのです。 大震災 2010/01/13 阪神淡路大震災からもうすぐ15年。当時住んでいた大阪の家の屋根瓦が全部落ちた事や翌日被災地へ水を運んだ時の光景は今も鮮明です。線路が飴のようにぐにゃぐにゃに曲がり、高速道路が横倒しになり、多くの家が土の山と化していました。自然の力の恐ろしさの前には人工のものなどひとたまりもありません。悲しい傷跡を阪神間に無数に残した大震災ですが15年たった今、その痕跡はもうほとんど見当たりません。復興、再開発で街の見た目は以前よりきれいになりましたが、肉親を亡くした人、家を失った人、不本意な引っ越しを余儀なくされた人にとって心の傷は道路や建物のように元に戻るものではありません。神戸の街を歩いていて思わぬところで出会う倒壊を免れた古い家屋やビルを見るごとに複雑な気持ちになります。一新された周りに1人取り残されたように見える建物は仲間を失った人間そのものに見えます。 前進とリスク 2010/01/12 ちょっとした事故で椎間板を傷めて最初の頃は年に数回、しばらくして年に1回ほど激痛が走って数日は寝返りも打てないほどの状態が続くのですがたいてい1週間ほどで元に戻ります。長いつきあいになるぎっくり腰。重いものを持つ時には常に恐怖心が走ります。周りに数人同じような症状を持つ人がいますが手術をした人もしない人も完治するのは難しい症状です。過去に何度かこれは腹筋を鍛えるしかないなと考えいろいろな方法でチャレンジしたのですがその都度激痛に見舞われこれは無理だと中断。以来なるべく背骨に負荷をかけないようにやって来ましたがなんか情けなさがあります。そこで昨年末から再チャレンジして上半身の筋トレと腹筋を続けて来ました。1日も休まず鍛えた成果があって上体はかなり締まって、これはもしかしたら腰痛を克服出来るのではないかと思った昨日、背骨にぴりっと痛みが走りました。激痛へと至る恐るべき前兆です。やる事がいっぱいあって寝込むなど出来ない状況だし、無理は止めようかと思ったけれどここで止めたらもうその気力は戻らないだろうなと思い一か八か痛みをこらえて筋トレの継続。そして今日。鈍い痛みは感じるけれど大事にはならない感じがします。何事も変革や前進するためにはリスクを伴いますが躊躇して何もやらない事が結果自身への負荷になってしまう場合もあります。もしかして後退するかも知れないけれどリスクは前進するために必要なものです。 温度差それぞれ 2010/01/11 連日の底冷えに早く暖かくならないかなと勝手な事を考えていると携帯にメールが入りました。ソウルに滞在している友人からで向こうは大雪で氷点下10度以下との事。想像しただけでよけい寒くなりましたが京阪神の移動ぐらいで寒いなどと思っては雪国の人達に申し訳がたちません。それにしても所変わればえらい温度差です。気温の差のみならず世界にも日本にもいろいろな温度差があります。経済による温度差、政治による温度差、宗教による温度差、人種による温度差、いろいろあります。人と人の関係の中にも年齢による温度差、体験や経験による温度差、知識による温度差、学歴による温度差、職業による温度差、男女の性別による温度差さえまだまだ残っています。若い頃アルバイトを含め20近くの異なった職業に従事した事がありますが、職業によって価値観や視点が大きく異なる事を体験しました。あらゆる職業が細分化され専門化が進む現代社会においてはその差異はますます大きくなるのは必然です。細分化や専門化によって実験科学や技術分野が飛躍的に進んだのは明らかですがその効率主義が社会全体を覆うとあらゆる歪みと温度差が生まれます。知識や行動の単純化感性の鈍化につながりそこから孤立や対立が生じやすいからです。「人は一つの事に従事している時はその他あらゆる事をさぼっている時だ」と言う格言を時々に思い出さなければ行けません。ソウルの友人は風邪を引かないだろうか。気象的な温度差はやむえない事ですが、人間的な温度差は少しでも縮めたいものです。 それぞれの転機 2010/01/10 入学と卒業、入社と退社、独立と倒産、入院と退院、結婚と離婚。いろいろあります。旅行での人との出会い景色との出会い食べ物との出会いもあります。一冊の本、一枚の絵、一曲の音楽、愛すべき猫や犬との出会い、つらすぎる別れもあります。生を受けて死に至るまでいったいどれぐらいの出会いや別れがあるのだろう?その一つ一つが人生の転機になっているかも知れません。意識的であれ無意識であれそこで何らかのチェンジが起こっているのは間違いないのだけれどしっかり捉える事は難しい事です。のど元過ぎればではありませんが多くの体験は流れる水のごとしです。それでも幾つかの体験はしっかりと記憶に刻まれ人格の一部を形成して行きます。考え方と行動、意識と表現は織物の縦糸と横糸のように交差してそれぞれの絵柄を織り込んで行きます。くっきりした部分もあればぼやけた部分もあって全体がどう言う構図になるのかは分からないけどきっと読み解く鍵は用意されている事でしょう。人それぞれの転機、その時々の転機、連続する日常の中に点在する不連続な部分と部分、時と時の積み重ねこそが自己変革の歴史、その人の個性や人格と呼ばれるものではないでしょうか。 鍋と心と心意気 201001/08 寒ければ寒いほど鍋料理は値打ちがでます。すき焼き、カモ鍋、はりはり鍋、寄せ鍋、てっちりにそれぞれの郷土鍋。鍋あるところに人は集い、人の集うところには情が生まれます。今は都市開発のせいで追いやられてしまったけれど以前大阪天王寺の路地裏に「どん海」と言う安くて美味しい居酒屋があってよく通った時期がありました。神戸から来た友人などはそのメニューの安さにさすが大阪だとびっくりするような店です。こんな事もありました。お金がなくてあてはホルモンの「ミノヤキ」しか注文出来なかった時の事、美味しそうに焼けた「ミノ」を一切れ口にいれると固くて全く歯がたちません。10分ほど格闘しても噛み切れずごくんと飲み込んでから店主のおっちゃんに言いました。「おっちゃんこれはミノではなくてブリジストンタイヤの断片ではないの?」おっちゃんは「ちゃんとしたミノだよ。若い者は歯とあごを鍛えないといかんからね」確かに明日あごは筋肉痛でしょう。でもお陰でミノだけでビールを数本飲めました。同じ店での事。「おっちゃん今度忘年会やろうと思うのだけど1人1000円ぐらいの予算で鍋できる?」「それだけあれば十分だよ」「ほんと?」忘年会の当日店の2階に上がるとテーブルに大きな土鍋とこれでもかと言うぐらいの量の寄せ鍋の材料が皿に盛られていました。予算が予算だけに期待していなかったのでみんな顔を見合わせて笑いました。「これはとても食べきれないぞ」それぐらいの量です。みんな席に着いて土鍋のふたをあけるとなんと、鍋の中にも具材がびっしり入っているではありませんか。おっちゃんの心意気にみんな心が熱くなりました。料理とはまさに人の心。そして鍋は心意気です。 若気のいたり 2010/01/06 自己の確立。それは遠く曲がりくねって長い道のりです。20才の意識、行動を若気の至りだと言えるほどに真摯に年齢を重ねた人が一体どれだけいるのでしょう。同級生を見ても20才の時にあった正義感やいろいろな事に対する問題意識はほんの10年余りで失ってしまいみな同じような人間になってしまいます。自分と言う一個の個性を確立する事は簡単ではないけれどその遥か前に自己を見失い、自己から逃避してしまえば若気のいたり云々ではありません。20才の自分はそれなりに真実だと思うからです。ある者は社会のせいにします。ある者は家庭のせいにします。仕事、親、子供、夫婦、兄弟の問題。病気や怪我の問題もあります。それでも僕が知る限り状況の厳しい人ほど自分を見失わずに生きている人が多いのには皮肉な感がするほどです。生きるためにはどうしようもない妥協も、やるせない我慢も多々あるけれどかと言ってそれは若き日の純情や情熱、夢を無くする言い訳にはなりません。若気のいたりの中の真実。積年のいたりの中の虚偽。年齢だけ重ねて中身が積み重なるどころか空っぽになって行くような生き方だけは避けなければなりません。 まあるいもの 2010/01/04 よちよち歩きの女の子が歩いたりこけたり。お母さんはにこにこしてでも不安そうに見守っています。ピンク色の暖かそうな羽毛のジャケットを着せられた女の子は縦横同じぐらいの格好でまんまる。何とも可愛いものです。すれ違う時に手を振ると恥ずかしそうにしてまた尻餅をつきました。お母さんはニコニコ。公園に出てベンチに座っているとすずめが一羽二羽、どんどん集まって来ます。寒さに負けないよう羽を膨らませているのでしょうか、まるで小さなボールのようにみんなまんまるです。小さくてまるいものは理屈抜きで愛らしく見えます。ころころして安定感があってつい手を差し伸べたくなります。弱者に対する勝手な思い入れかも知れませんが人間の赤ちゃんでも、子犬でも子猫でもアザラシの赤ちゃんでもたいていは太っている方が可愛いものです。三角、四角、丸。三角野郎とか四角四面な奴とかあいつは人間が丸くなったとか幾何学的な言いようはあるけれど、丸に内接する三角や四角はいつまでも持っていたいものです。 小さく生きる 2010/01/03 年齢は僕の1/3ぐらいなのだけど何故か幼なじみと思ってしまう女子高生がいます。コツコツ日本画を学びながら伝統工芸家を目指している彼女は時々「私は小さく生きたい」とつぶやきます。いろいろな本を読み時間を見つけてはあちこち旅行をし登山にも挑戦している彼女の好奇心と行動力を見ていると小さく生きると言う真意は計り知れませんが逆説的な意味にも取れます。とにかく生きると言うことを自分なりに真剣に考えていること自体が素敵だなと思います。今日から3泊4日の冬合宿に出かけた彼女はまた小さな何かを見つけて帰ってくるでしょう。 話は変わりますが校舎や教材にも不足する発展途上国の子供達がインタビューに応えて「私はお医者さんになって病気の人を助けたいの」とか「立派な政治家になってこの国をよくしたい」「技術者になって井戸をいっぱい掘りたい」「踊り子になって人をよろこばせたい」など目を輝かして答えるシーンがありますが、みんな誰かのため何かのために夢を語ります。あらゆる職業に夢を見いだします。以前ある大学院生と一緒に仕事をした時に数人の学生に将来の夢を聞いたことがあります。工学を学ぶ彼らはどんな夢があるのだろうと思ったからです。答えは驚くべきものでした。「別にそんなのありません」「安定したゼネコンにでも勤めて食べれたらいいです」「できれば名の通った設計事務所に入れればいいと思います」彼らが何のために大学院まで行ってるのか僕にはさっぱり分かりませんでした。受験勉強に追われ人間のいちばん大切なものをどこかで置き忘れて来たようで取り返しがつきません。それでは「小さく生きる」ではなく「小さくしか生きれない」ではありませんか。彼らのような学生が今の日本の主体だとは思いたくはないですが、教師、親を含め彼らの範となるべき大人の「小ささ」には大きな問題があると思います。 お月さんとお正月 2010/01/02 少しお酒を飲み過ぎたのでしょうか、オレンジを帯びた大きなお月さんが夕空にぼやんと浮かんでいます。この寒空の下、高齢で病身にも関わらず岡山の田舎で気丈に一人暮らしをしているおばさん、癌と戦ってる親友、去年再度の腰痛で倒れた弟、長年肝炎で苦しんでる後輩、みんな無事にお正月を迎えているだろうかとお月さんを見ながら考えます。年末に電話して状態は分かっているのだけれど年が変わるとそれが随分前の事のように思われて不安が募ります。こうやって公園のベンチで数十分座っているだけでも我慢出来ないほど寒いのに路上生活を余儀なくされている人たち。高齢でもなく病気や怪我もしていないのに仕事が見つからないと言う理不尽。年始の神社やお寺は暖かく着飾った人で溢れていますが、それぞれの願掛けの中に、ぎりぎりの逆境に追い込まれてしまっている人たちが窮地を脱する事ができるよう願いを含めて欲しいなと思います。社会全体が暖かくならなければ本当の「暖」は誰も取れないと思うからです。 謹賀新年 2010/01/01 空も晴れて静まり返った朝です。さて今年はどんな一年になるのでしょうか。モノから人へ、モノから心へ、社会全体の価値観が少しでもシフトしてくれれば言う事は無いのだけれどせめて元旦ぐらいは希望的観測のもとに過ごしたいものです。今年もよろしくお願いします。 頭と心 2009/12/29 科学的には定かではないけど古今東西「こころ」と言う概念は確かに存在しある意味「頭脳」を超えた役割がある事は確かです。こころが冷たい、こころが無い、こころに届く、こころに響く、こころが震えるなどとは言いますが、頭が冷たいとか頭が震えるとは言いません。と言ってこころは心臓の事ではないし今の科学では魂と同じく説明のつかないものです。おそらく人間の脳が知覚分析しうる範囲を超えた何かをこころと言う代名詞に託しているのでしょうか。時々こんな言葉を耳にして考えてしまいます。「あの人は頭はいいけれどこころが冷たいね」「あの人は頭はいいけど性格が悪いね」そんな事があるのだろうか?それは結局頭が悪いのではないだろうかと。人間性の善し悪しと学歴の高低は関係ないけれどそれは頭の善し悪しをどう考えるかではないでしょうか。記憶力がよくて分析力もあって応用力があったとしてもそれが特化された専門分野の事だけなら人間性には影響もしないし、まさに「こころ」とは無縁のものでしょう。でもそれが広範囲な知識と思考に基づくものならばおのずから周囲に対する行動や体験は付随するしそれは「人間性」に多大なる影響を与えるでしょう。ものの道理を分かったとか理解したとか言ってもそれが行動や人格に現れなければ結局それは分かっていない事ですし、ましてや「こころ」はパソコンや実験室では絶対に生み出せないものです。頭と心。それは知識や思考の向こうに何があるのかの問題です。こころがきれい、こころがゆたかとは一体どう言う意味なのでしょうか。 火の用心 2009/12/27 「火のよおじん、カチカチ」懐かしい感のあるかけ声です。昔と変わらぬ拍子木の音とかけ声。子供の声もします。練炭火鉢が暖房の主流だった時代、僕が住んでいた大阪の下町では火事がよく起こりました。「火の用心」の見回りは必要不可欠な役割で担当に当たった人はみんな気合いが入っていたのを思い出します。餅を焼いたりお湯を沸かしたり煮物をつくったり、火鉢は暖を取るだけではなく一日中活躍していました。どこの家庭も2つぐらいは火鉢があって部屋の中で燃えていたのですが一酸化中毒にならなかったのは今の家屋のように気密性が高くなかったからです。と言うよりすきま風があちこちから入ってくるような造りでした。造りの大きな家なら暖炉やいろりも設置出来たでしょうがコンパクトで機動性がある練炭火鉢は下町の長屋には最適の発明品であったと思われます。火鉢とおばあちゃん。どこの家庭を覗いてもたいてい火鉢のそばにはおばあちゃんがいて、鍋をかき回したり、干し芋を焼いたり、酒粕をあぶったり、練炭の火力を調節しながら火を守っていました。そしておばあちゃんのそばには気持ち良さそうに猫が寝ていて「三位一体」の風情をなしていました。「火のよおじん、カチカチ」の風習は残っているけれど消えたものもたくさんあります。 半チャー? 2009/12/26 今もあるかどうかは分かりませんが大阪の天王寺に日本一と言うラーメン店があって何が日本一なんだろうと思いながらお店ののれんをくぐりました。壁の品書きにチャーシューメンと書かれているのを見て「チャーシューメンをお願いします」と注文すると「お客さん始めてかい?」と聞くのではいと答えると「なら半チャーにしといた方がいいよ」と言うので「なんで?」と聞くとまあ食べたら分かるよとの事。不本意ながら「半チャー」を頼むとしばらくしてラーメンが出て来ました。見れば確かに想像以上の叉焼が麺の上にところ狭しと入っています。叉焼を主体に麺を時々のような食べ方をして叉焼もほとんど無くなって「これぐらいなら」と思ったとき鉢の底から上に載っていたのと同じぐらいの叉焼が現れて「こう言う事か」と納得しました。普通のラーメン店ではチャーシューメンと言え焼豚は数枚入っているだけの時代だったので大いに満足はしたけれどこれで半分の量なら普通のチャーシューメンはラーメンと言うより「叉焼汁」ではないかと思いました。寒い季節になると時々思い出すエピソードです。 人と物そしてクリスマス 2009/12/24 この時期の繁華街はまるで激流です。水の代わりに人がところどころで渦を巻き、とぎれない話し声と雑踏の音が地上と地下を埋め尽くします。わざわざこんな日にプレゼントを買いに画材店に向かう自分もうかつだったけど激流に呑まれてしまった今は目的地へたどり着くしかありません。それにしても人、人、人、物、物、物。閉塞感漂う現実とはかい離した感のある風景。円高やデフレのせいもあるでしょうがお金や物への執着が主流になった世相の反映でもあります。思い出せば18才の時に買ったコートは当時の僕の月給分ぐらいで決断が要りました。その後20年以上、すり切れるまで愛用しましたが今なら1万円も出せば買えるコートです。物はなかったけどなんかこころゆたかで自由も夢もあった時代。当時の友人たちの笑顔を思い出しながら痛感します。小学3年生のクリスマスの日、ちょっと裕福な友達の家で3段重ねのケーキを買ったと言う話を聞きつけ食いしん坊の悪友達とケーキを狙って訪れたのですがショーウィンドウでしか見た事のない大きなケーキが食卓にあるのには感動しました。こてこてのバターケーキで今の子供ならどうかと思うけどすっかりたいらげて大満足、今もそのケーキの形さえ鮮明です。クリスマスでも正月でも夏休みでもお金がなくとも楽しめる方法や選択肢が幾つもあった時代。そう遠くない時代なのに今とは雲泥の差、社会は大きく変わりました。社会の物質化が目立つのは決して日本だけの問題ではありませんが先進国を自認する国民ならば未来のためにも一人一人がもう一度生きる上での価値観を再考しなくてはならない時代だと思います。 遠景と近景 2009/12/22 「思えば遠くへ来たもんだ」と言えればちょっとノスタルジックでロマンも感じるけど人生ゲームの盤上をぐるぐる回っているだけのように感じる時もあります。幼なじみの個展を訪ねて話がはずんだ事、親友のおばあちゃんを施設に見舞ってあれこれ話した事、最近の出来事を近景として心のカンバスに描きとめれば、過去の出来事も次々と浮かび上がって来ます。雪道で車がスリップして崖から落ちかけて全身が凍り付いた事。砂防ダムの上で遊んでいて落ちかけた事。野球のバットが頭に当たって火星人のようになってしまったけど何とか助かった事。怪我や事故のシーンはまっ先に浮かぶけれど絵にはなりません。それより17才の夏に40日間北海道で昆布取りのバイトをした事などは日高地方の美しい景色とともにいつも鮮明によみがえります。その後北海道から沖縄まであちこち訪ね歩いたけど心の絵として残るのは数枚かも知れません。過去と現在は遠景と近景に例えられるかなと思って書き始めたけどやはり時間と空間は心の中では別物で古いけど絵具がつやつやしている風景もあります。そう言えば幼稚園の頃父に連れられて行ったビアホールで絵本から飛び出したようなドイツ人の店主が小さな僕に出してくれた小さなビアジョッキの事も鮮明です。ビールの美味しさに「僕も大人になったらあの大きなジョッキで飲みたいな」との決意だけは早くに実現したけれど美しくて味のある一枚の近景はなかなか描けません。 理不尽と不条理 2009/12/18 右を見ても左を見ても理不尽な事が多すぎる世の中です。1人の乱暴な車の運転を避けようとした車が別の普通に運転している車と衝突したり、真面目に働いている社員が突然解雇を言い渡されたり、どう考えても大罪だろうと思う犯罪者が軽く処されたり、理不尽な事は尽きません。政治、経済、教育、医療・・・どの分野を切り取っても「道理が尽くされていない」事が多すぎて意識が混乱、疲弊してしまう時があります。結局人間としての一人一人のモラルとマナーが培われない限り理不尽による悲劇は減らないのだろうと思います。人間の尊厳。それが分かる人は他の生き物や環境全てに敬意を払うでしょうし、そうすれば自ずと自覚は生まれてモラルとマナーは自然発生的に根付くと思うのだけれど、そうならないのは「自分自身の生」に対する直視に欠けているからではないでしょうか。理不尽が蔓延し個人が麻痺し、正しきものから目を背けるような社会になると、あのフランスの作家カミュが感じた「不条理」人生に意義を見いだすのが絶望的になります。とは言えもともと生の起源や必然性、精神の何たるかは深淵で不可解なものですから、不条理は永遠に残る問題ではありますが、やはり理不尽は一つでも減らしたいものです。 境界文化とバリアフリー 2009/12/15 公園などで仕切られていないベンチを見かけるとほっとした気持ちになります。都市部では路上生活者を寝かさないために仕切りをつけたとの話もありますが譲り合いの精神が稀薄になった現在では何もかもが仕切られていきます。電車のシート、女性専用車両、駅階段の昇降ライン、歩道と自転車道。どこを歩いていても「専用」と「禁止」の文字がやたらと目に入ります。命令や強制力が入らなければルールを守れない、自発的なエチケットやマナーを有しない人間が増え続けていると言う事でしょうか。一方で障害を持つ人たちの利便性を考えたバリアフリーの機能をもつ施設も増えて来て、これはいい事だと思います。車いすや足腰の弱った人を用事に連れ出した人なら誰でもその必要性を感じる事ですから。でもそれは当然の事としてやはり考えてしまいます。足腰の弱った人がいたらそばにいる誰かが手をさしのべる、車いすの人がいたらみんなで手を貸す、車内のシートや公園のベンチなどでは譲り合いの気持ちがあれば仕切りなんか全く要らないはず。過度な仕切りは区別を生み無意味な区別はエゴイズムと差別意識を強くする事にもなりかねません。一人一人の意識さえちゃんとあれば現状のほとんどの仕切りや区切りは要らないでしょうが、せめてこれ以上味気ない境界を増やさないようにしたいものです。 遺伝と環境 2009/12/12 友人や知人とお酒を飲むたびに話題になるのが遺伝と環境の問題です。人の性格や考え方に影響を与えるのは何が大きいのだろう?どう考えようがいくら討論しようが決めつけられないのは分かっている悩ましい問題ですがついつい話し込んでしまいます。それぞれが自分自身を顧みたり、兄弟、家族、学友、親戚、社会で知り合った素性をある程度知る人を俎上にのせて智慧をしぼりますが毎回たしかに遺伝もあるけど環境の影響も大きし、と曖昧な結論でビールだけが進みます。なんか無駄な会話のようだけどその中で浮上する事実も幾つか出て来ます。例えば子供にとって「両親の愛情の深さは大きいけど特に父親の弱者を守る姿勢の有無は極めて重要である事」「心の通わない夫婦関係が持続するよりきっぱりと離婚した方がいい場合が多い事」「家庭に恵まれなくても愛情を持ってくれる1人の大人に出会う事で大きく変わる事」などは共通する感想です。その他「賢さや人品は才能、家庭の経済事情、学歴に関係しない事」「偉そうな物言いや態度を取る人間は最低である事」などなどいろいろな共感はそのまま各自の戒めとなって散開するのですが、人は自分の弱さ至らなさを何かのせいにしたくなる時もあります。でもやっぱり遺伝や環境だけで語れないのが人の不思議だと思います。 生きてる以上は限りなく 2009/12/10 いろいろな人ともっと出会いたい、いろいろな事をもっと勉強したい、もっとやさしくありたい、もっと強くありたい、もっと深く愛したい・・・学べる事は数知れていて、気付く事はもっと少なくて、表現出来る事はさらに少なく、行動出来る事はほんの僅かだけれど、それでももっと自分が思う人間と言うものに近づく努力だけは続けたいと思います。ちょっと周りを見渡せば理不尽な事が溢れかえっていて全てをまともに受け止めると神経も体もとても持たないけど、悩んだり悔しい思いをするのが人間だと思えば社会はこの上ない学校です。平和や弱者のために自己を削って生きている人々を見るにつけ知るにつけ感謝の気持ちでいっぱいになります。いつの世もそのような人は少数かも知れませんが結局、過去から現在まで彼らが人類を存続させて来たのは事実です。 映画と小説 2009/12/08 生活は貧しくお米や家賃にも事欠く状況の中でも映画だけは見ていた父。小さい頃そんな父に半強制的に連れられてたくさんの映画を見ました。アメリカ映画に加えてフランスやドイツ、イタリアの映画。今と違ってまだ情報の乏しかったあの時代は父にとって映画は貴重な情報源でもあったのでしょう。と言っても小さかった僕には字幕が読めるわけではなしストーリーもほとんど分からず真っ暗な空間の中で巨大なスクリーンを呆然と見つめていただけです。それでも不思議な事に数十年経った今でも鮮明に覚えているシーンやメロディーがあります。ストーリーだって案外分かって見ていたのかも知れません。子供は大人より感性が鋭い部分がありますから。その後今日までどれだけの数の映画を観て来たかは分からないほどですが、心に浸透して明確に記憶に刻まれている映画の数少なさに我ながらちょっと驚きです。それは数えきれないほどの出会いがあって心や記憶に残る人との関係と似ています。そして小説もまた同じ。乱読熟読した本の中で人生の指針となったものは数冊かも知れません。何かに出会うための放浪、何かを知るための遍歴。映画や小説も現実の人生にも同じようなニュアンスがあります。 寝袋と音楽 2009/12/05 路上生活をしいられている人達に一つでも多くの寝袋を渡そうと言う主旨のクラシックピアノの演奏会があって出かけました。長年ほんの気持ちだけですが路上生活の人達と関わって来た僕としては嬉しいイベントの一つです。会場に入ると思ったより人も多く安心しました。ピアノの演奏者は紆余曲折があって自身社会の末端に追い込まれ、その中で社会意識に目覚めたと言うような紹介がありましたが音楽にしても絵画にしても社会意識は必然のものだと思います。毎年年末近くになると駅前や街頭での募金活動など社会的弱者への支援運動が活発になりますが、年に一回の功徳のような感もあってそれが日常的であれば少しは暖かい国になるのではないかと思ったりします。遅れと意識の低さが指摘される日本の医療や福祉政策がヨーロッパの先進国に追いつくまでは一人一人が社会意識を持ってどんな小さな事でも出来る事はやると言う姿勢は大切です。 否定と肯定 2009/12/03 否定的な言葉を多く使うとどうしても心が疲れてしまいます。と言って見てみない振りを出来ない事もあるし考えを停止するわけにも行かずこれは間違っている、あれは異常だと理不尽と不条理の協奏曲になってしまうのも今の現実でもあります。逆に素敵な事よろこばしい出来事「よしっ」と肯定できる事が少ないのも現実。でもいい事は静かに肯定、間違っている事は激しく否定しないとこの悲しいアンバランスはどんどんひどくなります。バランスの崩れた社会では人はますます自己の日常に埋没せざる得なくなります。自己防御本能が過剰になるからです。生きるための仕事、介護、子育て、病気など多くの人が同じように抱えている問題があってそれどころではないと言うのが実体だとは思いますがそれでもほんの少しでも社会全体にもしくは社会の細部に目を向けなければ、「肯定」そのものが社会に埋没してしまいます。それは人が生きる上で一番大切でよりどころとなる「夢」そのものの埋没です。 言葉と気持ち 2009/12/01 年末、月末、世紀末。言葉的にどこか落ち着きがなく不安をかき立てられるような響きがあります。師走と言う言葉もまた慌ただしい様子そのものです。師走の語源には諸説あって定かではありませんが、師匠の僧がお経をあげるために東西を奔走する(師馳す)と言うのがぴったりきます。それにしても時の流れは容赦なく、年々加速しているのではないかと思うほどですが実際今の時代の社会的、心理的リズムは早すぎます。人間として本当は何が一番大事か?と言う価値観。そも人間とは何か?と言う永遠のテーマを置き去りにしてしまった社会。物欲や利便性に偏り過ぎれば短絡的な風潮になるのは当然ですがそれは恐ろしい事です。経済や科学技術は世界のトップレベルにあるのに、教育、医療、福祉など近代国家の根幹をなすべきものの貧弱さには「何で?」と言う率直な疑問が浮かびます。 便利さの功罪 2009/11/27 メールは便利だけど頼りすぎると思いやりや想像力を退化させるね、特に携帯は人間の情緒を破壊してるような気さえするね、と友人との会話。最初の携帯電話が出来たのは1985年ぐらいだからその進化と普及には恐ろしいものを感じます。固定電話しかない時代、友人との待ち合わせとか仕事の段取りとかどうやっていたのだろうと不思議な気がするほどの変わりようだけど思い出せば今と比べてもそんなに不便を感じなかったのは事実です。それより例えば待ち合わせの場所に相手が時間通りにこなくて公衆電話から連絡すると大抵お父さんかお母さんが出て来て「10分ぐらい前に慌てて出て行ったよ」とか「あの子はよく遅れるんです。着いたらきつく言ってやって下さい」とか相手の家族とのコミュニケーションが生まれるきっかけにもなりました。お前のお母さんは面白い人だねとかお前の親父さんは愛想がないね、とかお前の弟はちょっと頭がおかしいのではないかなどとジョークも込めてお互いの家族も話題に上ります。相手を待たさないようにする気持ち、待ち合わせ場所を間違わないようにとの慎重さ、安易に連絡が取れないから約束の重みは今よりずっと大きいものでした。そう言う不便さは信頼や思いやりなどお互いの絆を強める働きがあったような気がします。便利さから得るものと失うもの。一体どっちが大事なんだろう?と思うけれど僕を含めて知人友人で携帯を持っていないのはたった一人だけ。それでも彼はしょっちゅう中国やアメリカへ出かけて何の不自由も感じていないようだから、これは案外心の持ち方、生活スタイルに対する考え方だけの問題かも知れません。 寒暖の差と貧富の差 2009/11/26 暖かい日が続くかと思えば急に冷え込んだり、着るものに悩まされる毎日。特に病気や持病のある人にはこの落差はこたえるだろうなと思います。ましてや路上生活を余儀なくされている人達には厳しすぎる季節です。大阪市の強引な追い出しで天王寺公園を追われた人達。日雇いの仕事をしながら、空き缶を集めながら、何とかその日その日をしのぎながら暮らしていた人達。中にはダンボールとベニヤ板でこしらえた小屋で詩を書いたり彫刻を作ったりする人もいて季節のいい夜には仲間に入れてもらってとりとめのない話をしました。あれから何年経ったでしょう。寒空の下みんなどうしているのか心残りです。追い出すんなら簡素でもいいから代わりの住まいぐらい用意すればいいのに非情です。過去に幾度も書いているけど浮浪者や路上生活者と言ってもいろいろな人がいて、心やさしい人も酷い人もいます。絵に描いたような不運の連続で疲弊してしまった人。気の弱さが災いして行き詰まった人。横着な人や心ない人も混じっているけれどそれは普通一般の職業や社会でも同じ事です。地球温暖化の影響で世界中で気象異状が起こっていますが、エゴイズムでヒートアップした社会も精神の温暖化と呼びたくなります。自身の酸欠でいらいらして世の事、人の事など見ざる言わざる聞かざるがごとく。人を避けてひっそりと生きる社会的弱者を助けるどころか殴ったりののしったりして自らのストレスを発散するサラリーマン。浮浪者を面白半分で襲う学生グループ。狂っているのは気象だけではありません。 学生と煙草 2009/11/25 待ち合わせまで時間があって無人の公園のベンチで本を読んでいると2人の高校生らしき若者が公園の反対側から入って来てこっちをちらちら見ています。仲の良さそうな2人。さて、何でこっちを気にするんだろう、と思って見渡せばこの公園には僕が座っているベンチが一つあるだけ。木製の快適なベンチです。もしかしたら彼らはいつもこのベンチで学校帰りに話し込むのを常としているのかな、と思いました。そうであるなら早々に退散しようと思って本を閉じてふと見ると2人が見当たりません。妙だなと思って立ち上がって見渡すと砂場の奥でしゃがみ込んで煙草を吸っています。なるほどこっちをちらちら見ていたのは後ろめたいからだなと合点しました。彼らの方へ歩いて行くとちょっと体を固くしましたが笑いながら「ベンチが空いたよ」と言うと「ありがとうございます」と爽やかな笑顔が返って来ました。「煙草はいいけど吸い殻は捨てるなよ」「心根がよかったら煙草ぐらいいいよ」と言うと「はいっ!」と気持ちのいい返答。思い出せば高校のトイレで隠れて煙草を吸っていた級友が数人いました。みんな情があって正義感もあっていい奴でその後の人生でも変わらず人間的な生き方を通しています。形式と本質。人間として何が悪くて何がいいのかの本質的な事を教えずに形式だけでくくってしまうと自己判断の出来ない人間になってしまいます。思いやり、やさしさ、エチケット、マナー、大切なのは人としての本質、人としての考え方です。人に言われるのでもなく合わせるのでもなく「自律」の心を育てる事。今の日本の教育に一番欠けている事だと僕は思います。 事業仕分けと復興 2009/11/23 かなり強引とも見られる事業仕分けで予算の見直しは進んでいますが廃止見直される事業の金額を見るとダムなどの公共事業がいかに巨額であるかがあらためて分かります。仕分けの中でも巨額でお金の流れが不透明な途上国援助(ODA)の無償資金協力援助(概算要求額1571億円)、日本の森林の荒廃が危惧されている中、森林整備への支援事業(99億円)日本科学未来館(22億円)海洋研究開発費(107億円)次世代スーパーコンピューター開発費(267億円)等々必要不必要の判断が難しいものも多くありますが、あの無駄と破壊の固まりのような八ツ場ダム一個で数千億のお金がすでに使われてしまっています。ダムの工事用道路が10億とか橋が30億とか生徒数50人の小学校が10億とか今行われている事業仕分けの概念からすれば言語道断の事業です。もちろんこれは廃止になるでしょうが他にも恐るべき巨額の無駄が幾つも潜んでいるような気がします。天下りやハコもの、怪しい団体や組織を一掃するのは当然ですが、教育や医療、福祉などに関連する事業はじっくり精査して必要なものは逆に予算を増やすぐらいの配慮がないと行けないと思います。以前入った喫茶店の90才近いけど元気なおばあさんの言葉「同じ敗戦国なのに戦後ドイツは復興の柱に教育を立てたけど日本は経済ばかり優先させてこのざまだよ」まさに事業仕分けはその時と同じ意味合いを持っています。科学や芸術などの教育をちゃんとして人間らしい人間を育てる事を優先しなければ本当の経済効果など絶対に生まれない事をこの60年間が証明しています。 夜空の星と街の灯 2009/11/21 空気が冷たく浄化されて今夜は星がきれいに見えます。高校の頃日本海の若狭へキャンプに行って見た夜空。満天の星、無数に輝く星に感動して誰もがはしゃぎ、見とれ、考え込んでしまった夜。みんなあの時の気持ちを覚えているだろうか。あの無数の星星は今も変わらず天上にあるのは分かっているけれどぽつんぽつんとしか見えない都会の夜空を見ているともしかしたら無くなってしまったのでは?と思ったりもします。代わりに地上の光は増え続けてまるで天地が逆転したような気にもなるけどそれは星でもなく永遠の光でもありません。点滅する現実を直視しすぎるとロマンチックな心が稀薄になりがちだけどそれは違って本当はいかなる現実をもロマンチックで包まなくては現代は精神的な意味においてますます砂漠化して行きます。いかなる科学も芸術もロマンチックな心から発明が生まれ進歩して来たのは事実です。リンドバーグが見た宝石のようなパリの灯は天上の星そのものであったのだと僕には思えます。 原始人と野蛮人と言うより野蛮性 2009/11/19 あるお母さんが物欲に翻弄される日本人の現状を嘆いて思わず「私は野蛮人にでもなりたいよ」とつぶやいたらそばで本を読んでいた娘さんが「お母さんが言ってるのは原始人の事でしょ」「原始人と野蛮人は違うよ」「原始人はいいけれど野蛮人はあかんよ」と諭された話を聞いて笑ってしまいました。確かに原始人と野蛮人は違います。遥か昔、文明の礎を築いたのは好奇心の旺盛な原始人です。彼らの実際の暮らしは計り知れませんがアルタミラの壁画を見るだけでも精神性の高さは感じられます。文明が規則や礼儀、思いやりや調和、正義やものの道理などもろもろの概念の上に構築されて来たものだとしたらそのうちの幾つかは原始人にも備わっていたでしょう。逆に飛行機に乗り自動車を乗り回しゴルフクラブを振り回す現代の人間の中にも野蛮人はいます。何故なら野蛮人とは自分以外の人に対して心を向けない人間の事だと思うからです。他人に対して精神的にせよ肉体的にせよ暴力と無感心は野蛮性のバロメーターです。苦労して手にした魚や木の実を他人にあたりまえのように分ける人間は原始社会でも中世でも現代でも少数かも知れませんがそれが本来の文明人です。もしかしたらその時々の社会の質はその時代に属する文明人と野蛮人の比で決定されるのではないかと思うぐらいです。時代は変遷し変化し推移するけれどそれは進歩や進化とは別物です。ある側面からすると現代はかなり後退した時代かも知れません。高級車からチンパンジーが降りて来ても驚かないけど野蛮人が降りて来たら情けなくなります。現代人は物質的な豊かさを手に入れたけどそれを享受するに値するような精神的背景があるのだろうかと考えてしまいます。いつの時代も野蛮人はあきません。 11年連続年間3万人をこえる自殺者 2009/11/17 2008年の自殺者数は警察庁の資料によると32,249人。何ともやるせない数字です。健康、経済、家庭、仕事、恋愛・・・さまざまな原因があるのだと思いますが先進諸国の中でも自殺率が目立って高い事実には考えさせられます。経済大国日本。暮らしを豊かにするはずの経済発展とは裏腹に進む心の貧困。自殺は極めて個人的な問題であると同時に極めて社会的な問題でもあります。健康問題を考えると医療体制の不備と矛盾が浮かび上がりますし、経済は弱肉強食、家庭は核家族、物質主義に偏った絆の稀薄、介護などの福祉環境の不備も大きな問題です。経済大国日本の経済力は一体どこに消え失せているのでしょうか。今公開で行われている事業仕分けの結果を見てもあまりにも巨額の税金が天下りを始め理不尽な組織に流れています。それでも氷山の一角。ダムをはじめとする無駄な公共事業の巨費と破壊された環境。国政にたずさわる人間のモラルの低下とそれに伴う官民癒着。一個数千億のダム建設の費用を困窮する医療や福祉の現場にまわせば多くの人が助かります。空調が行き届きネオン輝く街の路上で暮らさなければならない人々のための宿舎建設、老人介護で身も心も疲れ果てている人達のための福祉施設建設、人間が最低限守られなければならない基本的人権への投資は急務ですしそれらにまつわる事業はもっとも有効な経済効果、雇用対策にもなります。エコカー減税やエコポイントなどの目先の施策で自動車や家電メーカーなどの機嫌を取ってる場合ではありません。本当に大切なものは何かを考えられない時代。自殺者が増え続ける最大の原因はそこにあると思うのです。 暖かい日が続くけれど 2009/11/15 季節が分からなくなるほど暖かい日が続いています。道行く人を見ても厚着の人は少なくてまるで春先の様子。動植物もとまどって当然です。これだけ地球温暖化の兆候が顕著になれば暖かくて過ごしやすいからと言って喜んでもいられません。極地の氷が融け、氷河が後退し高山の万年雪が消えつつある現状。洋上の島々の水没も恐ろしいけど空から見れば日本列島だって人が住む大半は沿岸部の薄っぺらい部分で水位が少し上がればどうなることか。エネルギーを使い放題で来た先進諸国には大きな責任があります。ここに来て環境問題に意識の低かったアメリカも重い腰を上げつつありますが消費大国日本も北欧やドイツ、フランスぐらいの意識は持たないと無責任と言うものです。Co2削減や森林などの環境保護を考える事は温暖化防止のためだけではなく価値観の回復にもなります。人間にとって何が一番大切なのか。命とか生きるとか言う事はどう言う事なのか。愛があって笑顔があって信頼がなければ、生きていても面白くないと僕は思います。心はいくら使っても環境汚染にはならないけど物質の消費はそのまま環境汚染です。考えれば行き過ぎた金銭欲や物質欲は心の汚染と言えるでしょうし心の汚染こそ一番危険な環境問題だとも言えます。 オバマとブッシュ 2009/11/13 ブッシュのあやまった判断で始まったイラク戦争とその後の混迷。アフガンでは過激派のタリバンによる自爆テロと米軍の誤爆で何の罪もない市民や子供達が毎日のように殺され傷ついている現実があります。爆弾の破片ややけどを全身に負った子供達の泣き声と顔をニュースでかいま見ただけで胸がつまります。核廃絶を訴えブッシュ政権に比べればオバマ政権は随分スマートで平和指向を感じますが今この時もイラクやアフガンで理不尽な死をとげている人達の事を思うとやりきれません。それでも少しでも世界がいい方向へ向かうならばよしとするしかありません。日本の政治も戦後長く続いた自民党政権によるなれ合い政治と小泉政権がもたらした弱肉強食の殺伐とした社会風潮が民主党政権になって是正される兆候があるのはいい事です。人体の病気に例えれば末期症状のような日本を回復させるのは至難の事ですが今の民主党の気概が長く続く事を祈るような気持ちになります。世界の中で日本はやっぱり違うぞと言うような独自の世界観、価値観を取り戻さなければ日本と言う国の存在意義すら怪しくなります。長い歴史と文化のある国。価値ある伝統や伝承がそこここにある国だから一人一人がちょっと意識を変えて過去の日本人、日本文化のいい部分に目を向けるだけでも日本人の価値観は大きく変わるに違いありません。 自己と他者 2009/11/12 自己とは何かを考えると他者によって命を与えられ生かされているものだとは誰でもすぐに分かります。大局的には空気と水そして光。あらゆる物質と生命が絶妙のシステムで大循環して特に人間には絶対に必要な空気と水が絶える事なく供給されます。そのもっとも大切なものを得る事において人間が出来る事はただ自然界のバランスを壊さない事だけです。そして数限りない出会い。母の愛、父の愛。友人の言葉、恋人の想い。本との出会い、音楽との出会い、映画との出会い、旅先での見ず知らずの人からの厚意。愛らしい動物の仕草や美しい景色に救われた事も幾度もあります。自分はいろいろなものに生かされているんだとその時々に気がつくのだけれどついつい自分で生きているのだと横柄に考えてしまう事もあります。多くの他者に教えられ助けられ励まされて生きてこられた自分。空気や水や食べ物の恩恵を除外しても他者から受けた恩恵はあまりにも大きく広く、それに比べれば自分が他者に向けて来た愛情やそこから生まれる行為などは不安になるぐらい僅かなものです。人はみなそれぞれ他者によって生かされている。そう考えれば人は誰だって謙虚にしかなれないはずではないでしょうか。 大人と子供 2009/11/10 中米マヤ族の古いことわざに「自分のために事をなすのを小、他人のために事をなすのを中、命のために事をなすのが大だ」と言うのがありますがまさにその通りだと思います。子供は自分のために何かをやろうとしますが、青年期に入ると他人の事を考えられるようになります。そしてさらに年とともにいろいろな知識や体験が重なって人間に限らず自然界の生命そのものの尊さを知る事になります。もちろん子供の中にも青年の中にも早くにそれを感じ理解する人もいるでしょうがその人達はその時点で大人だと言えるでしょう。逆にいつまでたっても自分の事しか考えられない人間は体だけ大きくなった子供ではないでしょうか。子供から大人へ至る経緯を年齢だけで考えるのは危険です。それこそいい歳をして何の客観性もなく自分の殻から出れない子供としかいいようのない大人がいっぱいいます。まして恐ろしいのはそのような精神構造でも社会的な仕事はできると言う事です。政治家でも遊び人でも医者でも教授でも学者でも社長でもサラリーマンでも絵描きでも音楽家でもジャンルに関係なく自分のために事をなしてよしとしている偏狭としか言いようのない人間がいます。命に対する尊厳どころか人へのいたわり、善悪のみきわめすらおぼつかない人間を大人とは呼べません。しかも本当の子供は子供を作れないけど大人のような子供は子供を作れます。子供の規範となれない子供のような大人が子供を作ることはとても恐ろしい事だと僕には思えますし、実際身の周りでもニュースででもそれが大きな原因だと見られる不幸な事例が多々あってやりきれない気分になります。それでも自分自身子供ではないけれどまだ大人に至っていないのは確かで死ぬまでに大人になれるのだろうかと思うぐらい遠い事ではあります。 自律と自立 2009/11/08 ヨーロッパで広く認識されている教育の概念にオートノミー(自律)があります。自律とは広辞苑によると「外部からの制御から脱して自身の立てた規範に従って行動する事」とあります。先日ニュースでオランダの小学生の授業風景を見ましたが一週間単位で全体の学習量の目安は決められているものの子供達は日々の勉強課目を自分で選んで学習すると言う自由度がありました。同じ教室でそれぞれが違う課目を勝手にやっている光景は日本では考えられない事ですが日本では考えられない事がヨーロッパでは当たり前だと言う事は多々あります。いかにして個性ある人間を育てるか、いかにして心正しい人間を育てるか、いかにして想像力のある人間を育てるかは教育の三位一体で不動の概念です。知識や教養はその3つを育てるための一つの方法で目的ではありません。そう考えると近年の日本の教育がいかに間違って来たかが分かります。間違った教育概念を持たされた子供が親になり教師になり疑問も持たないまままた間違った教育を子供に押付ける。恐ろしい悪循環ですがその間違いに気づいている親や教育者も少なからずいて少しでも是正されて行く事を期待します。同じく自立とは「他に従属せず自主の地位に立つ事」とありますが「自律」と言う子供時代からの育て方がなければ「自立」もなかなか生まれるものではありません。大人になっていい先輩に出会うとか、たまたま読んだ本に影響されるとか映画とか音楽とか友人とか恋人とか意識の変革はいつでも可能だけれど「自律」と言う基本が培われていなければ果たしてそれはどうだろうかと考えてしまいます。 古の都 2009/11/06 奈良を訪れるのは何年ぶりだろうと考えながら歩く古の町。立て替えられた民家が建ち並ぶ田舎道を歩いて前方後円墳を回り込めばひっそりとたたずむ今日の宿があります。駅前や観光名所には人があふれていますがちょっと外れれば観光客のいない静かな場所に出会えるのは京都も奈良も同じです。ガイドブックには載っていないけれどほとんど人のいない素敵な場所は結構あってそんな空間にたたずむ時こそ古都の魅力を実感出来る時です。人気のない古墳の側道。時たま通るのは近所の民家の人達だけ。古墳の堀には水鳥が浮かび亀と鯉がのんびりと泳いでいます。人と車。体の不自由な人は別として京都や奈良ぐらい電車で来てのんびり歩けばいいものを市街地も観光名所も車であふれて情緒どころではありません。自宅の駐車場から車に乗せられて若草山の駐車場で降りて鹿を見たって何になるでしょう。そんな神経の親を持った子供達は可哀想です。歩いてこそ目に入るもの、香るもの。途中の駅や電車内での出来事、何事もストーリーがなければ感じないものです。などと考えながら周りを見るとここは別世界。てくてく歩いた甲斐があります。 誕生日と寿命 2009/11/04 誕生日は明後日だけど親友に靴をもらったので早速履いてみました。膝に負担がかからないとか歩きやすいとか講釈を言っていたのでどんなものかと思って歩いてみたら想像以上の歩きやすさ。いつも出来る限り歩く事を心がけてる割には見た目だけで靴を買っていた僕にはちょっとしたカルチャーショックで、歩く事が大切と思うならその足を守る靴ぐらいいいものを履かなくてはいけないと反省です。ここ数年は誕生日の度に急逝してしまった友人の顔を思い出します。5年の間に4人。4人とも僕と同世代。1人は病気も怪我も恐れない無茶な生き方で事故死、後の3人は煙草も吸わないしお酒も控えめだったけど癌や肺炎などの病気で死んでしまいました。生きていれば「お互いもう誕生日を喜ぶ歳ではないね」といいながら楽しいお酒を飲んでいたに違いない友人達。寿命って一体なんだろうと思います。あの世の友人と交信出来たならきっと彼らは生きているうちにもっとこうしろああしろとアドバイスをくれるだろうけどそれがままならないのがこの世でもあります。それでも少しは彼らが言うであろう言葉を想像して生きなければならないなと思うこのごろです。 料理は人のためならず 2009/11/02 子供の頃見たフランス映画でお父さんと男の子が台所で楽しそうに朝食を作るシーンがあって感じいいなと思って以来料理をするたびにあの情景を思い出します。好きな人のために料理を作る。2日がかりで作った渾身のカレー。友人や仕事仲間が美味しさに驚く顔を想像してよく作りました。じっくり焦がさないよう煮込んだカレーはいつも一瞬で無くなりますがみんなの納得の笑顔と楽しい会話は今も記憶に残っています。当時誰かがデザインよりカレーショップやった方が流行るよと言ってくれたけど渾身のカレーは月一度が限度です。でも料理と笑顔はデザインの原点であるとは今も思っています。材料が揃っている時も揃わない時も、時間がたっぷりある時もない時も、調理の仕方とアイデアでカバーする。それに相手の人の笑顔を想像出来なければ力は入りません。体の弱ったおじいさんおばあさんに元気づけようと昆布を煮込みます。黒砂糖少々に山椒と減塩醤油でことことことこと。昆布は安物だけどおばあさんが「市販のどんな高価な塩昆布より美味しいよ」と笑ってくれたら料理は生きます。先日とあるレストランで300円のガーリックトーストと400円のその店で一番安いグラスワインを注文したら、ボーイにそれだけですか?と言うような顔をされて嫌な思いをしたけれど焼きたての小さなフランスパンをニコニコしながら運んで来たウエイトレスの笑顔に救われました。笑顔もまた人のためならず。安い赤ワインとフランスパンそして笑顔が加わればどんな高級料理より美味しいのは本当です。
6月の言葉
ヘブンアーチストなるものがいて やさしげな歌が流れているけれど 路上にうなだれている人には 1人弁当を食べているOLには 楽しげな観光客には それぞれどう聞こえているのでしょうか 昼下がりの上野公園 静かだけれど混沌とした場所 今の僕には片方の耳からしか音楽が聞こえません